1973年、私はルーマニアの首都ブカレストで生まれました。

子供時代の4分の3は都会の喧騒のなかで、4分の1は、自然溢れる田舎のなかで過ごしました。
首都ブカレストの駅前でありながら、周囲は木々の緑に囲まれた静かな場所。
私の自然を愛する想いは、おばあちゃん(アンナ)から教わり、受け継いだものです。

アンナは、ウクライナの田舎生まれ。
結婚をきっかけに、おじいちゃんと一緒にルーマニアのブカレストに移り住みました。でも、心はいつも故郷、ウクライナにあったようです。いつか、きっと自然溢れるその地に戻れると思っていたようですが、残念ながら最後までその願いは叶えられませんでした。

アンナは、私にいろんなことを教えてくれました。

特に、自然を愛することを・・・。

「季節の循環を体の感覚すべてで感じ、それを受け入れ、理解するのよ」
「季節の変化と共に移ろう木々や葉の色、空模様、月と星をよく見るんだよ」
「土や花、新緑の香り、雨の後の森のにおいを感じてる?」
「耳をすますと、雨や風、雷の音・・・小川のせせらぎ、小鳥のさえずりが聞こえてくるでしょ?」
「そうやって、四季の変化を五感を使って味わい、楽しむのよ。」

――春・夏・秋・冬 アンナとの日々――

~春~

長くて寒い冬が過ぎ、雪が溶け、待ちこがれていた春の訪れ。
雪の下からはスノードロップが顔を出します。
アンナは花が大好き。家の中は、ヒヤシンス、水仙、ライラックなどの春の花で溢れました。

アンナはこんなことも教えてくれました。

チェリーを耳につけて、ピアスにすること。おいしいイチゴムースの作り方や薬膳ハーブのこと・・・
春のハーブには、行者ニンニク、ポプラの芽、タンポポの若葉、ネトルなどたくさんあります。
それら旬の野菜やハーブの特徴、使い方を教えながら目の前で、簡単にシンプルで美味しいサラダを作ってくれました。
その姿は、私の目にはまるで魔法のように映りました。

~夏~

夏におばあちゃんのサラダを食べると、体の熱を冷ましてくれます。アイスクリームを食べるよりも効果的です。
愛情こもった、手作りのスイカとメロンのシャーベット(ソルべ)、桃のピューレ、アプリコットのコンポート。
そして夏には漬け物も…ディルがたっぷり入ったパプリカやきゅうりのピクルス。

アンナの野菜料理には、旬の野菜がたっぷり使われます。

グリンピース、いんげん、パプリカ、ナス、ズッキーニ、トマトなど…
アンナの手にかかると、あっという間に、すべておいしい料理に変わりました。
パプリカの詰めもの、トマト煮こみやズッキーニのラタトゥーユ、ナスバター、トマトリゾット、野菜スープ。

どれも素直でやさしい味。

野菜本来の味を引き出すために、味付けは塩とレモン、ハーブとスパイスだけを使います。
家にはいつもいろいろなハーブ(イタリアンパセリ、ディル、ラベージ、ローズマリー、マジョラン、タラゴン、オレガノ、タイム、セージなど…)がありました。

週末になると、アンナと私はバスに乗ってブカレストの郊外へ行きました。森の中でいろいろなハ―ブや花を摘み、土の中の根っこを掘ります。アンナはいつも言いました。「すべての根っこを取りつくしたらダメよ。また来年も頑張ってもらう必要があるからね。今年の分だけで十分よ。」

私たちの住むマンションの前には、大きな菩提樹の木々が立ち並んでいました。ハシゴで木に登り、菩提樹の花を採るのは私の仕事。
菩提樹の花は、風邪や咳が出たとき、眠れない時やリラックスしたい時によく飲んでいました。それはとても繊細で素朴な味。

家の庭で摘んだバラの花は、手作りのジャムやシロップ、ローズウオーターに。ローズヒップ、ラズベリー、ミントにカモミールも摘みました。

よく、ふたりでエルダー(西洋ニワトコ)の木も探してまわりました。
エルダーの花からは「ソカタ」が作れます。「ソカタ」とは、エルダーの花を発酵させたとてもいい香りのするドリンク。「ソカタはね、体に良くて、便秘や発汗作用があるのよ。」と、アンナは教えてくれました。
今振り返るあの日々は、まるで自然の恵みを教えてくれる学校のようでした。

~秋~

秋がやってきます。
収穫を終え、その年に自然の与えてくれた恵みに感謝して、その豊かさをかみしめる喜び。
家では、冬を越すために大量の瓶詰めや漬け物づくりが始まります。
私の中には、2種類の秋があります。

ひとつは、やさしい黄金色の秋。風が心地よく、どこかセンチメンタルな気持ちになります。鳥たちは南へと飛び立ち、山に広がるパッチワークのような鮮やかな色彩。秋を代表するブドウのジュース(ムスト)、プルーンのシロップやジャム、トマトペーストやトマトピューレ、それに漬け物やピクルスなど…この季節にしか食べられないものもたくさんあります。

もうひとつの秋は、冷たい灰色の秋。
どんよりとした曇り空に、日を追うごとに葉が落ち、裸になっていく木々。その上ではカラスが鳴き、だんだんと早くなる日暮れのときに、長い夜の訪れ。家の中では家族が火を囲み、温かいハーブティーやワインの香りで溢れます。そして、食卓にはアンナの美味しいアップルパイ、かぼちゃパイ、栗のケーキ、きのこ料理、温かいボルシチスープが並びます。

キッチンの上には、たくさんのバスケットがぶら下がっていました。
バスケットの中は、ドライにするためのハーブやカット野菜などでいっぱい。ナチュラルな乾燥野菜だしは、アンナのスープのベース。野菜本来のやさしい甘みと風味で、心も体もほっとやさしくなりました。
ドライ野菜はビンの中で保存します。

毎年迎えるこの秋の日々は、子供心にとても楽しくドキドキしたのを覚えています。

アンナは、たくさんのものがたりも聞かせてくれました。
キツネやオオカミ、精霊、エンジェルが登場する、どこまでも続く森の中のものがたり。キッチンでアンナと一緒に過ごす、ゆっくりと流れるやさしい時間。

~冬~

そして、冬がやってきます。
雪が降り積もると、アンナは、地下室からソリを出してくれました。ソリは木製で、滑る箇所には鉄板を履かせてあります。滑りをよくするために、蜜蝋のキャンドルを塗って…。毎日のように、近所の友達とソリに乗って遊びました。

日が暮れてクタクタになるまで遊び通し、ほっぺを真っ赤にしながら家のドアを開けると、かすかにツーンと香る温かい野菜スープが用意されています。私の大好きなチョルバ。これは、発酵キャベツのエキスで味をとっている昔ながらの野菜スープ。

熱々のスープをフーフーと冷ましながら食べると、体も心もポカポカと温かくなりました。

アンナは、いつもパンも焼いてくれました。
麦のパン、ライ麦のパン、全粒粉のパン…どれもシンプルで味深いもの。
「食べる前に必ずパンを顔に近づけて、その香ばしさを感じてから食べること。」
これは私の昔からのクセで、とても幸せなひととき。
天然酵母のちょっぴり酸っぱい香りとパンのフレッシュなおいしさが混ざり合います。

すべての季節には、それぞれ特別なにおいがあります。
今でもそうなのですが、冬のにおいが1番好きです。

外では凛と澄んだ空気に、しんしんと降り積もる雪…雪…雪。

家の中では、冬の定番スイーツのコンポートやジンジャー・ブレッド、ジンジャークッキーにスパイシー・ブレッドの香り。キッチンには、シナモン、ジンジャー、クローブ、オールスパイス、バニラ…といった、体を内側から温めてくれるスパイスの瓶が棚を占めます。それを眺めるだけで、わくわくドキドキしました。そして、モミの香りも家中に広がっていました。

アンナとのお別れ

この、外と家の中とのコントラストがたまらなく好きです。

子供の頃、アンナと一緒に過ごした日々は、本当に幸せで夢のようでした。

けれどある日、
アンナが天へと召されると同時に、私の夢のような日々も終わりを告げます。
それはちょうど、13歳の冬のこと。

季節の香りも、ものがたりも、ハーブを摘みに行くことも、全てなくなってしまいました。
テーブルの上の花も、温かい手作りパンも、バスケットも、そして季節さえも、すべてが色あせて見えました。


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